寄稿-③ ”Angewandte Chemie”125周年記念シンポジウムに出席して —Roald Hoffmannの分子軌道概念と分子構造太陽電池—

Angewandte Chemie”125周年記念シンポジウム

 本シンポジウムは,「人類の社会・経済・文化に貢献した化学(Angewandte Chemie)」の過去・現在・未来への有機・無機化学,高分子・生物化学に関する魅力ある企画であった(右写真:吹奏楽演奏ではじまった満席の会場)。著名な15名の講演者の中で筆者が特に注目した方は,Roald Hoffmann博士である。
 同博士は,有機化合物・無機化合物の両方を研究対象とし、拡張ヒュッケル法の計算機化学を発展させ,有機化学反応の立体選択性を予測するウッドワード・ホフマン則を明らかにし, 44歳の時,化学反応過程の理論的研究(フロンティアー軌道理論)で,故福井謙一先生とノーベル化学賞を共同受賞された。同博士のweb siteには,詩人としてもいくつかの詩集を出し,科学的発見をテーマとする劇 “O2 Oxygen” を紹介している。そして,小生を驚愕させたのは,” THEORETICAL CHEMISTRY”「理論化学」と題する5行5節からなる詩であった。筆者は特に最後の5行の詩に感動した。

I hacked a rough piece of a new one through.
The other day I met a friend who’s run
into the same wild terrain. Starting out
from a hill nearby, he found a different
way. But I told you there was only one.

「理論化学の道は色々あろうが,行き着くところは分子軌道計算」(筆者の解釈)

 筆者は,電子輸送界面を形成する分子プロセスの理論的解釈に関心があり,RATOメンバーの瀬川浩司教授,内田聡教授,久保貴哉教授, FIRSTメンバーで計算科学を専門とされる山下晃一教授,三嶋謙二博士と意見を交換してきた。内田教授の紹介でHoffmann博士の1988年発刊の名著 ”Solids and Surfaces: A Chemist’s View of Bonding in Extended Structures”の原著を購入した。そして,分子間の相互作用への分子軌道概念に関する明解な記述を,THE FRONTIES ORBITAL PERSPECTIV(第15章フロンティアー軌道概念の展望)(p65)に見出した。筆者の解釈も込めてその基本概念を日本文で紹介する。
 「二つの分子間の相互作用は,最高占有分子軌道(HOMO)並びにその近辺の少数の軌道(e.g. HOMO(-1))と,最低非占有分子軌道(LUMO)ならびにその近辺の少数の軌道(e.g. LUMO(+1))の組,すなわちフロンティアー分子軌道群によって支配される。HOMO・LUMO軌道間の摂動(秩序への乱れ)により,分子間の相互作用(反応性)が決定される。HOMO・LUMO軌道の相互作用は,会合分子の化学的・物理的性質を制御・支配する潜在的能力をもつ。」

図1

 この偉大な理論化学概念を,現在FIRSTメンバーの萬関一広博士が以前見出していた増感色素Z907・アニリンテトラマー(EPAT)からなるハイブリッド色素増感TiO2太陽電池の界面分子構造の解析に試みた。
 EPATとZ907両分子の相互作用を,HOMO・LUMO相互作用を考慮した分子力場計算で最適化し,密度汎関数法でシミュレーションによりエネルギー的に平衡状態にある会合構造を求めた(図1)。 

 両分子間のven der Waals結合(2.970~3.290Å)に加えて,EPATのN-H結合上の水素原子とZ907のSCN基のS原子との結合距離2.511Åは,水素結合的Coulombic interactionであり, Z907とEPAT両分子が強く会合することが判明した,この分子間会合が,EPATからZ907への電子移動の進行に大きく寄与すると理論的に解釈した。

Hoffmann教授
Hoffmann教授

 この成果を論文として,Chem.Commun誌に投稿し終えた昨年12月上旬,本シンポジウムの案内が届き,1937年生まれのHoffmann博士が,最重要講演者の一人であることを知った。Hoffmann教授の講演は,「Protochemistries form a Bridge」と題するもので,化学者が登場する以前の古代から20世紀初頭までの化学物質,例えば,銀貨,顔料,染料,石けん等の物質とその製法プロセスの歴史を述べ,”Angewandte Chemie”の父としての最後を飾った。20世紀初頭合成インジゴが世界の染料化学を一変させたが,日本では依然と天然藍による染色技術が息づいていることを賞賛された。
 本シンポジウムは1200名近い参加者であったと,本シンポジウムの日本人講演者の北川進教授から拝聴した。本会場は休憩時間も混雑していた。小生は40分講演を終えられた直後の博士にいち早く近づき,やっとの思いで「軌道概念による理論化学」に感謝申し上げることができた。ハイブリッド分子太陽電池に関するChem.Commun誌掲載の論文をお渡しし(博士両抱えのファイルは論文別刷),

名著へのサイン
Hoffmann教授のサイン

光栄にも持参した名著へのサインを頂くことができた(d-軌道のスケッチに注目)。

 本シンポジウムでの講演の一部は,近着のAngewandte Chemie, 2013-52/10に掲載されている。Francois Diederichの ”125 Years of Chemistry in Angewadte Chemie”と題する講演は,”125 Years of Chemistry in the Mirror of “Angewadte Chemie”の題目で掲載されている。化学教育者には必読に値する。なお,同誌に掲載されているAlan J. Heegerグループの”Transferable Graphene Oxide by Stamping Nanotechnology: Electron-transport Layer for Efficient-Bulk-Heterojunction Solar Cells”と題する電子輸送が関わる論文は,RATO関係者に参考になろう。
 本シンポジウムの本年3月12日の出席はRATOの援助によるもので,ご高配に深謝する。