【寄稿】有機太陽電池の国際標準策定が始まるにあたって

スマートソーラーインターナショナル 松山外志郎

スマートソーラーインターナショナル 松山外志郎

本年2012年10月、IEC(国際電気標準会議)にて有機太陽電池の標準策定作業が始まる見込みである。この機会をとらえてFIRSTとして、日本としての活動が具体化していくだろう。広く電気・電子業界では多くの場面で繰り返されている事柄ではあるものの、ここで一度、IEC対応の意味を整理してみたい。

  1. 日本が強い技術なのだから、日本リードで国際標準を作って基盤を強固にしよう
  2. シリコン太陽電池パネルの認証はIEC標準に依っている。何故今、有機太陽電池の国際標準が必要なのか

こうした極めて自然な声が出てくる背景のひとつに、太陽電池産業のどの部分に関与しているかに依って人の理解に大きな幅があるという実際がある。

まず、第一の点である。この論の延長に、商品の上市とデファクト⇒国際標準を連携させて確固としたポジションを得ようという考え方がある。この議論に対しては、”国際標準”という言葉の整理から始めたい。WTO(世界貿易機関)が「国際標準」を定義している。定義の詳細は筆者も理解しておらず、国際的にも異を唱えるグループがあるようであるが、WTOが現在認めている「国際標準化機関」はITU, ISO, IEC の三機関に限られている。そして、各国の標準は「国際標準」に準拠しなければならないとされている。日本のJIS(日本工業規格)もこれら「国際標準」に準拠している。この部分をもう少し正確に言うと、各国とも、安全の確保や環境の維持などの規制法を設ける際に技術基準が組み込まれる場合がある。この技術基準は「強制規格」と呼ばれる事がある。この強制規格に任意規格が引用される場合が増えてきている。(日本の場合は、「国際標準」に準拠したJISが引用される。)

つまり、ISOもIECも任意規格であり、これらに準拠したJISも任意規格であるが、 一旦、国の規正法に引用される事によって、「強制規格」となる場合があるという点が重要である。
*下線部はMETI基準認証ユニット作成の教育用資料に拠る

”強制規格 = デジュール規格 de jure standard “ と取ってしまいそうであるが、強制規格は法規制に基づく規格、デジュール規格は国際又は国など公的機関が作成する規格という使い方が本来の言葉の意味はとにかく正しいようである。

 法規制による縛りがある場合を除けば、国内、国際に拘らず商品の売買には「国際標準」に添っていなければならないという全体的な縛りがある訳では無い。ただ、個々の商品について、国内であれ、国際であれ、買い手が「国際標準準拠」を求めてくる場合がある。これを求めるのは買い手の自由意思の場合もあれば、出資者からの要請の場合もあれば、国による指導の場合もある。事業上の観点から、法規制の有無だけでは語れない点である。
エネルギー機器である太陽電池に対しては、各国ともIEC準拠を求めており、その為世界の認証機関がIEC準拠されているか否か商品をテストして、合格したものに認証マークを与えている。
冒頭の話しに戻って、太陽電池関連でデファクト標準にした場合にその後何が必要になってくるかを考えよう。商品の買い手が挙ってこの標準の意味を高く評価し、供給側の他社もこれにならってこの標準に準拠しようという動きができてくるならばよい。前述の論に従えば、IECを引用した法規制を取って強制規格としている国以外に対しては事業機会が生まれる可能性はある事になる。ただ、エネルギー機器としての太陽電池に関してそうした動きを国際的なレベルで動かす事は凡そ実際的とは言い難い。結局はこのデファクト標準をIEC標準へ格上げする動きを取らざるを得ないだろう。
では、デファクト標準を国際標準のレベルまで格上げするにはどうするか。
このプロセスは商品の種類によって大きく変わるものである。

デファクト標準 => デファクト商品 => 商品が世界を席巻 => 国際標準

と動く商品もあるが、これらは、デジタル機器など、相互互換性や相互接続性が大きな意味を持ち、短期に技術の完成と市場の席巻が成されるようなかなり限定的な商品群と見た方が無難だろう。 残念ながら、材料・デバイスの分野におけるデファクト標準 というものが、その標準として機能している例はかなり限られており、太陽電池にこれを当てはめるのはかなり危険な途というべきだろう。IEC「国際標準」へ格上げしようとすると、まずは5か国の同意がなければ議論を始める事さえできないのである。
 強制規格に関連してWTOについて記したが、この部分をもう少し解説する。自由貿易促進を目的とするこの機関にて1995年にWTO-TBT協定というものができて、各国が締結している。(TBT: Technical Barriers to Trade)

  • 各国が法規制を行う為に強制規格を作る場合は「国際標準」を基礎としなければならない
  • 強制規格に合致しているか否かを検証するにあたっては、「国際標準化機関」が認めた各国の認証機関による認証(適合性評価手続き)を受け入れなければならない。

更に

  • 政府調達にあたって、「国際標準準拠」の物品/サービスを採用する事が求められる。
  • ただ政府調達の対象範囲に関して、地方政府、民営化移行済機関が対象になるか否かなど、扱いには国毎に差異がありそうである。(NTTもJRもこの対象に入っている)

 次に冒頭の声の二番目、何故今、有機太陽電池の国際標準が必要なのか考えてみよう。
 下に薄膜シリコン太陽電池の形式認定(認証機関による認証)に使われているIEC規格(IEC61646)のスコープを見てみよう。 そのスコープの冒頭に
This standard is intended to apply to all terrestrial flat plate module materials not covered by IEC 61215 (IEC 61215 は結晶シリコン太陽電池の規格である。
と書かれている。つまり、この規格は有機太陽電池もCIGSも全てflat plate であればカバーしているのである。だから、不都合さえなければ新たに有機太陽電池の「国際標準」を作る必要は何もない。でもこれを不都合と見るグループがあった。一つは FIRSTのDSCのグループであり、もうひとつはNRELを中心としたOPVのグループである。不都合というのは、現在のIEC61646では事業推進上の不都合を生じるというものである。
 FIRSTのDSCのグループでは、上のIEC61646の中に規定されている測定法ではDSCを正しく測定できないと感じ、NRELを中心としたOPVのグループでは、劣化メカニズムがシリコンと異なる材料系では、シリコンをベースとした耐久性テストでは不都合であると感じた。ともに「国際標準」を志向しており、FIRSTのDSCグループはDSCに特有の測定法についての知見を蓄積し、これを以ってIEC61646に伴う不都合を補おうとする一方、NRELを中心としたグループは組織的に3年前から準備をし、この度、IECでの議論開始に途をつけた。今後両グループはIECの場にて互いに相補って、有機系PV全体の系を形にしていく事が期待されるが、国際的な合意形成という場でどう進展していくかは予断を許さない。

 以上極く一般的な視点でこれからIECで始まる有機系PVの「国際標準」化を見てきたが、実際の技術的な論点は以下のようになってくるものと想像される。

  1. 有機物に一般の長期信頼性を検討するにあたり、シリコンとは劣化メカニズムが異なるので、有機系PVにふさわしい長期信頼性をどう標準の中に記載していくか。
  2. DSC特有の“過渡応答特性”を、どう標準の中に記載していくか。

更に、以下についても議論になる可能性がある。

  1. 商品毎に波長感度特性が異なる有機系PVの測定系に、シリコンとは異なる系を導くことになるのか。

 議論がこうした点にフォーカスされてゆけばよいのだが、この議論の場が従来の太陽光発電を取り扱うTC82(テクニカル コミッティ)ではなく、TC 113 (ナノエレクトロニクス)であるという事を観ると、議論の紆余曲折も有り得るものと思っておいた方がよさそうである。有機薄膜全般、なかでも有機ELなどとの関係が議論されたり、あるいはナノ材料としての一般的な視点が議論されたりする可能性もある。議論があまり発散しないよう注意が必要と思われる。
 国際標準に関係する人達の構成では一般的に、限られた人数の当該分野の研究者と、商品・標準としてあるべき姿を説くその他の人達との混合となる場合が多い。後者の人達の中では、標準策定のプロセスを動かす事を仕事とする人達ばかりではなく、広く分野を見回した上で共通するサイエンスを説いてあるべき姿を語るサイエンティストも居る事を考えておかねばならない。
 FIRSTのグループとしては、DSCの劣化機構についての知見が現段階で不十分であるのが懸念のひとつである。もう一点、エネルギー機器とは若干離れた応用(屋内光発電デバイス)の場合、商品の性格上、法規制やその他(指導あるいは補助金交付の条件など)の枠組みも異なってくるので、強制規格へ引用される可能性のあるIEC規格を設ける事の適否は別途考慮されなければならなくなる。
 ゲームは蓋を開けてみないと分からないものではあるが、事前の情報入手や分析はゲーム序盤に大きな影響を与える。プロアクティブでなければならないという事が実感される。