RATO新理事長 田中 千秋氏 インタビュー

RATO 理事長 田中千秋 氏

― 新理事長就任に当たっての抱負をお聞かせください。

田中:地球環境とエネルギー問題は地球が抱える最重要課題ですので、その問題に取り組む組合の理事長就任は身の引き締まる思いです。金川前理事長の熱い思いを引き継いで、実用化への道筋をしっかり立てていくことが私に課せられた使命であると思っています。RATO(有機系太陽電池技術研究組合)の趣旨として、組合に参加する企業がどうやって結合してやっていくのかが重要です。それをうまく取りまとめ、皆さんの力を引き出していくのが私の役目です。夢と期待は大きいのですが、一方で課題も多く抱えていますので、世界に先駆けて有機系太陽電池の商品開発を加速するためにしっかり取り組んでいきたいと思っております。


イノベーションの原動力は化学、「融合と連携」がキーワード

― 東レでの技術開発や実用化でのご苦労や忍耐、意欲についてお聞かせいただけますか?

田中:「化学がいかに大事か」「化学が世の中を変える」と、常に話しています。繊維とプラスチックの東レと言われていますが、実はそうではなく、本質は化学に拠って立つ会社、化学企業です。有機合成化学や高分子化学、バイオテクノロジー、そして最近はナノテクノロジーを加えたベースの要素技術を持ち、時代の変化に応じて時代が必要とする新製品を生み出し、業容を変革しながら成長を続けています。ロングタームコミットメントの言葉の通り、中長期の研究開発こそが私たちの未来を作ります。イノベーションを起こすのは研究開発で、その原動力は化学、ケミストリーです。例えば、炭素繊維は、日系企業以外では欧米の企業が先頭切ってやっていましたが、長丁場の勝負には太刀打ちできないと止めてしまい、粘り強くやり続けた日本の3社が今や世界シェア70%です。企業が四半期ごとの業績を追いかけるあまり、無茶をして研究開発費の削減に頼ってはなりません。

― 研究開発はまさに忍耐が問われますね。

田中:新興国の台頭が著しいため、中長期といえどももっとスピードを上げて効率を上げなくてはなりません。そのためには、「連携と融合」がキーワードになります。かつては自前主義で、全部自分の処で作った技術を他には漏らさないようにしていましたが、今は速く成果をあげなければならない。そのためには強いパートナーと組むこと、そしてエンドに近いお客様と組むことです。例えば炭素繊維のコンポジットはボーイング787で成功しました。上流にいる我々は従来のサプライチェーンではボーイング社とダイレクトにコンポジット材料で機体作りに参画できませんでした。このままでは、21世紀に入っても機体の作り方は従来通りのアルミ合金や伝統的デザイン、確立された製造方法に依存していたでしょう。ボーイングと東レが“ダイレクトパートナーシップ”を結び、機体の企画設計段階から一緒になって開発したのでイノベーションを起こしたのです。

用途を決めると、要求性能が変わってくる

― ダイレクトパートナーシップが重要なのですね。

田中:RATOでもダイレクトパートナーシップを模索したい。この用途に使うと決めると、要求性能が変わってきます。一般的な特性を言って、あれもこれもとやるから難しいわけです。我々はユニクロとの関係もダイレクトパートナーシップを結び成果を出しました。従来型のサプライチェーンは非常に長く無駄がありました。エンドの欲しいものが上流の我々に伝わってこない。いいものを安く作ればエンドが使うと思っていたが、従来のサプライチェーンでは本当に最終顧客の求めるものを作っていなかった。ユニクロと東レはサプライチェーンの大改革を行うことで、ヒートテックなど年間1億枚以上売れる商品を生み出しました。ユニクロのスーパー店長と呼ばれる最前線のトップから東レに直接要求が来て、我々がすぐそれに対応し世界中のネットワークを使って製品を開発・生産するモデルです。
太陽光発電事業について

― 現在の太陽光発電事業についてどう思われますか?

田中:温暖化対策として、太陽光発電が再生可能エネルギーの中では最も有望でしょう。太陽光は無限にあり、太陽光パネルの変換効率は急速に進んでいます。しかし、太陽光発電に対して二つの対極的な見方があります。1つは太陽光発電の現状に由来する悲観的な見方です。欧米、日本の太陽電池メーカーが中国勢に圧倒されてしまいましたが、その中国勢まで破産に追い込まれている現実があります。

未来を予測する二つの書籍をお見せしましょう。「2052 今後40年のグローバル予測」と「2030年 世界はこう変わる」の2つで、大きな見方の違いがあります。「2052」は「成長の限界」を書いたローマクラブの一人が筆者です。ここでは、太陽光発電がいかに有望かを説いている。それに対して「2030年」は、再生可能エネルギーの将来に悲観的な見方をしている。これは米国国家情報会議から大統領など向けに15~20年のインターバルで発行されていますが、国家安全保障や世界の中の経済や政治問題の視点から、地球環境問題も大事だが、米国の雇用や経済を考えると太陽光は2030年くらいまでは期待できないと論じています。

世界を変えていくのは、性能・コスト面でも限界に近づいてきているシリコン系ではなく、有機太陽電池なのだと世界の指導者をはじめ、多くの人に理解してもらう必要があります。短期的に見たら確かに非常に厳しい事業ですが、これを乗り越えていかなくてはなりません。太陽光の今後の展開としては、スマートコミュニティの中にうまく取り入れていくことが重要になるでしょう。

有機系太陽電池の実用化に向けて必要なことは

― 有機系太陽電池の実用化に向けて、何が必要でしょうか?

田中:太陽光発電にも多様な種類があり、住み分けで始まると思われます。有機系太陽電池もできる用途から、順次立ち上げていくべきです。そのためにもFIRST(最先端研究開発プログラム)とRATOは強い連携をしながら役割をはっきりさせなくてはなりません。RATOでは、用途開発などの勉強会も始まりましたが、FIRSTとの連携の中で変換効率や耐久性を高めるという解析的な部分から早く次の一歩を踏み出したい。

用途を前提にするとどのような特性を重視して開発すべきかが必ず変わってきます。変換効率や耐久性がシリコン系に及ばなくてもそれはそれでやりつつ徐々に広げていき、究極の目標へとつなげる。用途展開の可能性や課題を明確にして、それに対するトータルの材料システムやプロセスなどの総合力、あらゆる知恵を盛り込み、どうやって実用化のステップを歩み始めるかを考えるのです。平成25年までの実行計画はありますが、その先のビジョンが明確に描かれていませんので、有機系太陽電池実用化のグランドデザインを描きたい。

― 金川前理事長の「退任に当たって」のお言葉を受けて、ご意見をお伺いできればと思います。

田中:これはきわめて重要なご指摘で、日本のモノづくりの本質的な問題にかかわっている事だと思います。日本のモノづくりは、1980年代でトップに立って、それまでは欧米に追いつけ追い越せという目標がありましたが、それが無くなった途端に進化が止まってしまった。日本のモノづくりを階層別、業種別に解析したら、この小さいグループの中で競争していたわけで、この従来型の非効率な生産体制を変えていかなければなりません。日本の中だけ競争してモノづくりという「ガラパゴスジャパン」では負けてしまいます。金川前理事長の指摘と私が言っていることは本質的には同じですが、いかにしてチームジャパンとして、皆が協力して階層に分れてではなく一緒になって、最終用途を想定したモノづくりができるかです。効率的に考えると、組合の中では同じ仲間が組むというよりも、エンドに近い企業にも加わってきてもらって一緒にやる方がいいかもしれません。

色紙

― 最後に会員企業様に向けてメッセージをお願いいたします。

田中:日本はこのままではダメになっていきます。先日東大で講演した際に「どうして危機感を持たないといけないのですか」と会場から質問を受けました。日本にマザー工場があって、開発拠点があればこそ、海外進出しても勝ち抜け日本に利益還元できて、新しい技術を開発できます。日本は今危機にある、要するに戦時下なのです。そういう認識に立ったら皆、一致団結できます。有機太陽電池でも有機ELでも中韓が大きく伸びて、負けてからでは遅いのです。日本の産業の総力を結集して有機系太陽電池の実用化を世界に先駆けて成功させる、これが日本の将来の為にどんなに重要かを皆さんにご理解頂いて、力を合わせて頑張りたいと思います。